2011年06月15日

峰じゃないよ、剣ヶ峯トンネル

ひっさしぶりに更新したと思えば、一年前に訪問したネタです。すいません。

土讃線、大豊トンネルの旧線となる「剣ヶ峯トンネル」に、九朗さんが案内して下さいました。
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薮をこぐアルプさん!今回メンバーの最年長! ( ゚∀゚)・∵. グハッ
でも、一番楽しそうに本気で探索していたぞ!! ↓ 証拠写真
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膝を落とし、脇をしめ・・・デジカメであっても、何も逃さぬ態勢と気迫を感じます・・・!!
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誰よりも先へ行くその姿勢!!最前線へ赴く雄姿もとらえることができました!
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旧線から外れ、路盤の外にでるほど観察を怠らず、かつ丁寧です。素晴らしい!

何気に「アルプさんが一番楽しんでたんじゃねぇか?疑惑」の廃隧道也。
廃線トンネル 土讃線旧線(大杉〜土佐北川間)
http://www.mafura-maki.jp/tanbo/tetudo/turugi/view9.cgi

あ!忘れてましたが、野郎どももいます。(笑) 楽しい探索でした〜w
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九朗さん、案内ありがとうございました! 今年の冬も、どっかの薮に行きましょう。

posted by マフラー巻き at 19:56| Comment(8) | TrackBack(0) | 更新情報

2011年06月10日

紀伊半島日記8 長嶋隧道

道の駅マンボウの前にある、丸正でご飯を食べ午後の部へ。
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県技師「岩井 藤太郎」、県技手「天野 久」の隧道シリーズ始まります。
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今回のツアーで楽しみにしていた、熊野街道にある煉瓦隧道群へやってきました。
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熊野街道一発目は、長嶋隧道。近代土木遺産Bクラス&登録有形文化財
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明治44年(1911)、延長321m、幅員4.6m、高さ4.5m
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↑ 石工 松田 辻吉 (一技術者として、辻吉の技術に感動した。)
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南側扁額
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↑ 北側扁額 南北で字体が違うのに明治を感じた。。。
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道の歴史については、こちらを参考にしてください。

よととさんの車に乗せてもらって、案内して頂きました。
感謝感激、ありがとうございます〜。 しっかし、午後からも雨でしたね。。。
posted by マフラー巻き at 09:09| Comment(12) | TrackBack(0) | 四国以外の隧道

2011年06月05日

大北川隧道

高知県道6号線旧道にある、大北川隧道を更新しました。
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 ↑ このような廃隧道だったのですが、防災道路として復活しました。

掲示板に、現況をロヒキー・ミャオさんが投稿して下さったので、
私が取材した復活の経緯と共に、最終ページに情報を追加しております。

高知県 大北川隧道
http://www.mafura-maki.jp/tanbo/kouti/sirataki/view9.cgi
posted by マフラー巻き at 20:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 更新情報

2011年05月31日

'11 サツマイモ

今年もこの時期が来た・・・!
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保育所のサツマイモ植えです。 ↑ ↓ 襲来する園児たち。
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今年は、畑の場所を変えました。去年までは水田跡の畑だったので水はけが悪く
更に、粘土質だったので非常に世話が大変だったのです。
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今年もお姉ちゃん達がお手伝い。伊予高生の総合実習らしい。
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この畑、実は元水田。嵩上げと芋植えの為に、土を大量に投入して
畑に改造しました。 これで芋ができなかったら相当悲しいなぁ・・・。
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ツルを植えたら、次は水やり!ペットボトルで水を運ぶ園児&高校生。
元肥は、8:8:8の肥料と硫安カリ、それに例の苦土石灰を計200kgです。
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大人数でやると早いなぁ〜1時間で70株植え終わりました。

この二日後に梅雨入りしたので、ギリギリのタイミングで定植です。
今年は、大きイモが沢山採れますように!!(念)
posted by マフラー巻き at 10:06| Comment(5) | TrackBack(0) | 農業や自然

2011年05月16日

紀伊半島日記7 赤岩隧道

棚橋隧道を堪能した後は、人道隧道へ案内していただきました。
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それは、思いがけない場所にありました。

赤岩隧道というもので、資料的なものは例のトンネルリストに載っている
「アカイワズイドウ 竣工年度不明 車通行不可」  …というこれだけ。
これだけで探し出したよととさんはエロい!!穴への情熱に感動しました。
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川から山へ、山から海へとやって来ました。 しかし、雨があがらん・・・悲しいまでに。
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赤岩隧道は、人道隧道だったせいもあるでしょうが資料的に乏しいようです。
場所も案内して頂かないと、見つけるのに苦労する大変な場所にありました。
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港から、まるで材木工場の敷地内かと思うような場所を通ると現れました!
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延長36m、高さ1.9m、幅1.8m。 辛うじて貫通?していました。
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貫通してるよね? いやまぁ、本当によく見つけましたな。

隧道を抜けた先には、廃墟と河口があるだけで必要性が謎でしたが、
地元の漁師さんたちの、仕事用の通路となっていたのだろうと思います。

車を止めたすぐそばに、巨大なタイヤが落ちていました。
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鉱山用タイヤショベルの巨大タイヤ・・・大型特殊免許が欲しくなるぜ!(?)

このタイヤの上で、銀玉鉄砲を見つけたピカさんに攻撃されて戦死させられました
今度、彼が愛媛に来た時に手作りテルミットのIEDで反撃しようと思います。
posted by マフラー巻き at 00:00| Comment(5) | TrackBack(0) | 四国以外の隧道

2011年05月15日

紀伊半島日記6 棚橋隧道

旧道となった今でも国道260号線なんだろうか?棚橋隧道へ。
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棚橋隧道、棚橋トンネル、棚橋川、棚橋竈、棚橋だらけですな。

紀伊半島OFFで、もしかしなくても初めての道路隧道だ!川から山に来ました。
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大紀町側。なんとまぁ・・・独特な形をしていました。堀割のコンクリ補強が半端なのも
独特な外観をみせる原因です。近代土木遺産C、石積みとコンクリートの造形。

コンクリ坑門が倒れるのを防ぐため、コンクリートの擁壁が継ぎ足されたようです。
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今なら堀割にもできそうだけど、竣工した大正3年だと大工事だったのでしょう。
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大正3年(1914)竣工、延長122.9m、幅員3.0m、有効高4.0m
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南伊勢町側・・・後年の改修で路盤の掘り下げが行われたようです。
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鍵穴のようになっています。掘り下げ前は馬蹄形だったんでしょうね。

ここは、隧道も面白かったけど・・・酷道が面白かった!
よととさんがぶっ飛ばしてくれるので、負けじとぶっ飛ばしていたら ヽ(゚∀゚)ノ タノシイ!!
あっという間につきました。(´・ω・`) ガードレールに貼られたオニギリも良かった!
posted by マフラー巻き at 10:11| Comment(3) | TrackBack(0) | 四国以外の隧道

2011年05月10日

紀伊半島日記5 舟木橋

舟木大橋(国道42号線)の旧橋となる舟木橋へ。場所はココだ!

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親柱(宮川)
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親柱(ふなきばし)
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架設は昭和9年3月かと思っていたら、ワーレントラス橋に改修された年とのこと。
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橋脚はそのまま利用されているので、明治時代の煉瓦がそのまま残されていました。

初代の橋は明治35年に架けられた木橋でした・・・!深くて河川が合流する谷に木橋か・・・
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そして、木橋は1年で流出したそうです。(当たり前だw 
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翌年、明治36年に煉瓦橋脚を持つ90.2mの舟木橋が誕生しました。
1年とか準備が良すぎるので、木橋は応急措置だと技師も考えていたっぽい?
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画像の下流側(右の方)に初代木橋が架かっていたそうです。
ちなみに、橋脚は北側が20m、南で24mもの高さを持っていました。

一年で消えたとはいえ、よくこんな場所に木橋を掛ける技術があったものだ・・・。
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話題は変わって、チト気になった左岸にあるアサヒタビの琺瑯看板を掲載。

やっぱり、ここも熊野古道でした。
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ウエルカム。 ビバ、熊野古道!

舟木橋データ。
施工:播磨造船所 延長90.2m、S45.8m(3T)、高20.5m。
近代土木遺産B あれ?橋脚は明治38年製との記録が・・・?

posted by マフラー巻き at 14:58| Comment(7) | TrackBack(0) | 旧橋

2011年05月05日

紀伊半島日記4 神瀬橋

これぞ旧橋! 脇谷側に架かる煉瓦積み1スパンの煉瓦橋梁!!!
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この橋には、興奮させて頂きました。何気に紀伊半島ツアーでのmyびっくりNo.1です。
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場所は、旧国道42号線であり、熊野街道でもある大台町に存在していました。
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普通に通り過ぎれば全く気付きようのない橋です。現在の管理上の名称は脇谷橋
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完成は明治40年、延長16.6m・S6.5m(A)。近代土木遺産Bの貴重な橋梁です。

ただでさえ、道路用の煉瓦アーチは珍しいこともあり、
盾状迫石を持つ道路用煉瓦製橋梁として日本唯一と思われます。
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高欄境界に帯石、高欄に凹飾り、アーチ環に楯状迫石。
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扁額には、右書きで「 神 瀬 橋 」
画像からは伺えませんが、扁額の下に見える石に明治40年の揮毫があるようです。
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ひずみの見られる煉瓦の積み方は、最高級と言えるものではありませんが、
それが未知の技術に挑戦した、地元の努力の成果と見れば感動の一品です。

そして、現在でも車両の通行を許しているのは土木技術としても優秀な証。

この橋の脇に、紀勢本線によって築かれた暗渠もありました。
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この暗渠にも石積みか、煉瓦があるかも?少なくとも、古いコンクリートで造られた
証拠となる豆石やジャンカが目立つコンクリがあることは簡単に想像できます。
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そして、暗渠に興味を持ったよととさんが、いずれその先も解明してくれるでしょう。(笑)

それにしても、三重県・・・見る物全てが半端ない!
posted by マフラー巻き at 20:16| Comment(6) | TrackBack(0) | 旧橋

2011年05月04日

紀伊半島日記3 深谷隧道

どんどん行こう!3件目は、暗渠となった水路隧道です。
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深谷隧道!時刻は朝8時!普段の日曜なら、まだ神様だって寝ているぜ!

容赦なく、怒涛の勢いで珍しい物が出てきます。熊野路は凄い。
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アルプさんが一番好きなんじゃないか? ・・・疑惑の一枚。

案内してくれる関西勢よりも早く隧道に到達しています。
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林道から、超頑張って こんな谷へ10数メートル下ってきたんだ・・・!
すると、なぜか隧道に彼女がいたんだ・・・。

そんな、恐ろしい物の片りんを見た後に扁額チェック。
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右から、深谷隧道。大正時代〜昭和一桁の臭いがプンプンしていました。

※参考
深 http://www013.upp.so-net.ne.jp/santai/jpg/0519.jpg
谷 http://www013.upp.so-net.ne.jp/santai/jpg/0651.jpg

隧道は総コンクリート巻。型枠の跡が付いているから場所打コンクリートですな。
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水路のコンクリ隧道は、古い物件が多いとはいえ納得の一品。
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数十メートル進むと、ウォータースライダーになって終了していました。
この奥に大きなプールがあり、紀勢本線の向こうに吐水されています。

此処は、紀勢本線が造られた時に造成された隧道なのか?
それとも、ここから先が紀勢本線と共に増築されたのか?
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そんなことより、今回集まったメンバーの手持ちライトが凄かった。
明るい照明の人が来たら、後ろから車が来たかと思って避けてしまう。(廃隧道でもw)
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さぁ、次に行こう!次。 まだまだ長いよ〜!
posted by マフラー巻き at 09:58| Comment(4) | TrackBack(0) | 四国以外の隧道

2011年05月03日

紀伊半島日記2 ねじりマンポの橋

今、地図を書いて気付いたけど、ここって旧熊野街道だったのね。(世界遺産もあるのに…)tizu.jpg
紀伊半島での二件目も歴史的発見と言っていいでしょう。ネジリマンポの橋です。
隧道探訪に来る方へねじりマンプの説明はいらんと思うので、googleと繋げて省略。

姉妹水より、熊野街道旧道へ復帰してしばらく南進すると・・・
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この煉瓦製の欄干が目に入りました。採石場のすぐ脇に存在します。
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フランス積み・・・なんだろうか?よく分からん。

しかし、この橋の見どころは此処じゃない・・・!
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これだ!ねじりマンプこそ最大の見どころ! 日本広しといえども、
鉄道が関係していないねじり煉瓦は、ここしか発見されていません!
もう、さりげなく橋の下に移動していることなんて不思議じゃなくなってきたぞ。

しかし・・・道路をカーブさせて川と直交させれば良いはずなのに、なぜ捩じったのだろう?

時は明治、自動車という未知の車輛に対し設計が手探りとなり、鉄道構築で得られていた
ねじりマンポ(急に曲がれない重量物を通す技術)が応用されたのでしょうか?
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アーチ環の部分に張られた、巨大で薄い煉瓦も面白い。コスト無視のオリジナル煉瓦造。
一つ一つ、手造りだと思うと感動も一入!素晴らしい場所に案内していただきました。

惜しむらくは、銘板等が全くないので橋の名前や竣工年が分かりません。
そして、欄干に積まれていた煉瓦が崩壊したままにされていました。
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煉瓦って元々はただ積んであるだけで鉄筋も入っていないので、車にゴン!って
やられたらバラバラに吹っ飛んでしまうのは仕方ありません。欄干には向いてない。
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あっちやこっちに、バーラバラっと飛んで行って河床に転がりまくっています。
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ちゃんと?欄干の笠石も落っこちていました。

教育委員会辺りが、この橋の土木的希少性を鑑みてくれる日がきますように。
願わくば復元も。部材が落ちてるだけで揃っている今なら、復元も容易と思われます。

あと、おろろんさんの研究によると、昨日紹介した「姉妹水は妹橋」だそうです。
なら此処は、姉橋か兄橋か弟橋のようだ。平成23年の再発見、早くも見れて大満足。
posted by マフラー巻き at 10:01| Comment(2) | TrackBack(0) | 旧橋