2012年12月19日

久喜橋と油田

昭和10年竣工で、コンクリートアーチ構造をもつ久喜橋へ行ってきました。
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この日は、しっぽつきさん、なおちさんと一緒にツーリングだったのです。
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久万高原町にある、向山林道へ行った帰りに立ち寄りました。

高知県に現存する沈下橋の中で一番古い物だそうな。
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ちなみに鉄筋コンクリート製。
上路式で、二径間の桁橋+RCアーチ(13m)。 橋台は自然石!

コンクリート会社の敷地内?のようになった町道を下ると、↓ のように出現します。
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仁淀川の川幅が最も狭くなる場所、ゆえに激流となる区間に架けられていました。
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工事費を抑えながらも激流に耐える物を造る為、アーチと桁を組合わせたのでしょう。
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半ば埋まりつつも、親柱が現存!
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生活道路として現役であり、2004年3月に国登録有形文化財に指定されました。

ここから下は、漢の夢。なんと、この近辺には天然ガスが出るらしい・・・。
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2011年05月10日

紀伊半島日記5 舟木橋

舟木大橋(国道42号線)の旧橋となる舟木橋へ。場所はココだ!

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親柱(宮川)
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親柱(ふなきばし)
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架設は昭和9年3月かと思っていたら、ワーレントラス橋に改修された年とのこと。
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橋脚はそのまま利用されているので、明治時代の煉瓦がそのまま残されていました。

初代の橋は明治35年に架けられた木橋でした・・・!深くて河川が合流する谷に木橋か・・・
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そして、木橋は1年で流出したそうです。(当たり前だw 
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翌年、明治36年に煉瓦橋脚を持つ90.2mの舟木橋が誕生しました。
1年とか準備が良すぎるので、木橋は応急措置だと技師も考えていたっぽい?
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画像の下流側(右の方)に初代木橋が架かっていたそうです。
ちなみに、橋脚は北側が20m、南で24mもの高さを持っていました。

一年で消えたとはいえ、よくこんな場所に木橋を掛ける技術があったものだ・・・。
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話題は変わって、チト気になった左岸にあるアサヒタビの琺瑯看板を掲載。

やっぱり、ここも熊野古道でした。
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ウエルカム。 ビバ、熊野古道!

舟木橋データ。
施工:播磨造船所 延長90.2m、S45.8m(3T)、高20.5m。
近代土木遺産B あれ?橋脚は明治38年製との記録が・・・?

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2011年05月05日

紀伊半島日記4 神瀬橋

これぞ旧橋! 脇谷側に架かる煉瓦積み1スパンの煉瓦橋梁!!!
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この橋には、興奮させて頂きました。何気に紀伊半島ツアーでのmyびっくりNo.1です。
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場所は、旧国道42号線であり、熊野街道でもある大台町に存在していました。
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普通に通り過ぎれば全く気付きようのない橋です。現在の管理上の名称は脇谷橋
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完成は明治40年、延長16.6m・S6.5m(A)。近代土木遺産Bの貴重な橋梁です。

ただでさえ、道路用の煉瓦アーチは珍しいこともあり、
盾状迫石を持つ道路用煉瓦製橋梁として日本唯一と思われます。
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高欄境界に帯石、高欄に凹飾り、アーチ環に楯状迫石。
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扁額には、右書きで「 神 瀬 橋 」
画像からは伺えませんが、扁額の下に見える石に明治40年の揮毫があるようです。
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ひずみの見られる煉瓦の積み方は、最高級と言えるものではありませんが、
それが未知の技術に挑戦した、地元の努力の成果と見れば感動の一品です。

そして、現在でも車両の通行を許しているのは土木技術としても優秀な証。

この橋の脇に、紀勢本線によって築かれた暗渠もありました。
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この暗渠にも石積みか、煉瓦があるかも?少なくとも、古いコンクリートで造られた
証拠となる豆石やジャンカが目立つコンクリがあることは簡単に想像できます。
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そして、暗渠に興味を持ったよととさんが、いずれその先も解明してくれるでしょう。(笑)

それにしても、三重県・・・見る物全てが半端ない!
posted by マフラー巻き at 20:16| Comment(6) | TrackBack(0) | 旧橋

2011年05月03日

紀伊半島日記2 ねじりマンポの橋

今、地図を書いて気付いたけど、ここって旧熊野街道だったのね。(世界遺産もあるのに…)tizu.jpg
紀伊半島での二件目も歴史的発見と言っていいでしょう。ネジリマンポの橋です。
隧道探訪に来る方へねじりマンプの説明はいらんと思うので、googleと繋げて省略。

姉妹水より、熊野街道旧道へ復帰してしばらく南進すると・・・
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この煉瓦製の欄干が目に入りました。採石場のすぐ脇に存在します。
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フランス積み・・・なんだろうか?よく分からん。

しかし、この橋の見どころは此処じゃない・・・!
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これだ!ねじりマンプこそ最大の見どころ! 日本広しといえども、
鉄道が関係していないねじり煉瓦は、ここしか発見されていません!
もう、さりげなく橋の下に移動していることなんて不思議じゃなくなってきたぞ。

しかし・・・道路をカーブさせて川と直交させれば良いはずなのに、なぜ捩じったのだろう?

時は明治、自動車という未知の車輛に対し設計が手探りとなり、鉄道構築で得られていた
ねじりマンポ(急に曲がれない重量物を通す技術)が応用されたのでしょうか?
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アーチ環の部分に張られた、巨大で薄い煉瓦も面白い。コスト無視のオリジナル煉瓦造。
一つ一つ、手造りだと思うと感動も一入!素晴らしい場所に案内していただきました。

惜しむらくは、銘板等が全くないので橋の名前や竣工年が分かりません。
そして、欄干に積まれていた煉瓦が崩壊したままにされていました。
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煉瓦って元々はただ積んであるだけで鉄筋も入っていないので、車にゴン!って
やられたらバラバラに吹っ飛んでしまうのは仕方ありません。欄干には向いてない。
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あっちやこっちに、バーラバラっと飛んで行って河床に転がりまくっています。
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ちゃんと?欄干の笠石も落っこちていました。

教育委員会辺りが、この橋の土木的希少性を鑑みてくれる日がきますように。
願わくば復元も。部材が落ちてるだけで揃っている今なら、復元も容易と思われます。

あと、おろろんさんの研究によると、昨日紹介した「姉妹水は妹橋」だそうです。
なら此処は、姉橋か兄橋か弟橋のようだ。平成23年の再発見、早くも見れて大満足。
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2011年05月02日

紀伊半島日記1 姉妹水

くるまみちのよととさん達が計画してくれた、紀伊半島ツアーへ行ってきました!
詳しい道中や宿はアルプ日記に任せるとして、私は巡ったブツを考察していきます。

一発目は橋梁です。隧道のように見えるのですが水路&橋、言うなれば水路隧道です。
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しかし、何と言う線形でしょう。後年、水路を拡幅しているのですが、
水路隧道を壊さずに左側へ新しい堀切を設けていました。

隧道がもったいなかったのか?扁額まで付いて気合いの入った隧道なので、
取り壊すのは偲びなかったのか、それとも水利権でガッチガチにされていて、
触るにも触れない魔性の構造物となっているのか?三重県勢の調査待ちです。
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この水路隧道には扁額が付いており、何と読むのか私のBBSで話題になりました。
そこで、右から「 姉 妹 水 」と書いてあるのが読めたので、よく覚えていた物件です。
更に、左側にも何か書いてあるな??と疑問だったので、訪問できて嬉しい限り!

さて、よととさんが綺麗に撮影した物を、アルプさんの通称レントゲンカメラで見てみましょう!
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あわわあわわゎ・・・ 右の縦書き、明治45年壬子って書いてあるよ!?
左側は、一番下の文字が「題」なので人名が書かれているのでしょう。

※参考
明 http://www013.upp.so-net.ne.jp/santai/jpg/0916.jpg
治 http://www013.upp.so-net.ne.jp/santai/jpg/0405.jpg
年 http://www013.upp.so-net.ne.jp/santai/jpg/0771.jpg

参考にある左下の文字で間違いないでしょう。明治45年です!
「壬子」は胡散臭いままですが、明治45年はほぼ確定しました。

大変だー、てーへんだー!  ・・・何が?という人に説明。
この隧道、総コンクリートなのです。明治に総コンクリート製の隧道とは凄い。
公に認知されている隧道で、最古は大正3年に出来た新潟県の円上寺隧道です。
この姉妹水が、明治45年だとしたら2年ほど日本記録更新ですよ!奥さん。
そして、記録が明治に突入する初めての物なのですオソロシヤ・・・。

朝6時40分 に来た甲斐があった。(笑)
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↑ 早朝の光景です。しかも雨が降っています・・・キチg

あ、扁額を見てて気が付いたんだけど、左側縦2列の文字周辺、
コケが綺麗にふき取られている。こんなことをするのはnagajisさんしか思いつかん。
nagajis先生の見解やいかに? たぶん、ORJで発表されるであろう。。。

※違っていました。多気町の郷土資料館の館員さんが動いているそうです。
   (nagajisさん発、おろろんさん経由情報)
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あと、明治45年の三重県知事は馬淵 鋭太郎」というらしい。
題の上に書かれた人物かと探ってみましたが、文字数からして違うみたいです。
元々が水利権がらみだとしたら、この辺りの名士の名前かも知れませんね。
posted by マフラー巻き at 11:30| Comment(10) | TrackBack(0) | 旧橋

2009年07月22日

西之川鉱山 廃橋

アルプさんと一緒に行った橋が記事にされてました!
お気楽会社のアルプ日記(赤谷とトロッコ橋)
http://blog.livedoor.jp/danke_323/archives/897845.html

いや〜!ここは楽しかったです。久しぶりにワクワクしました。
何と言ってもこの高度!ゴミムシ君が車から飛び降りたと思ったら、
速攻で渡っていました。↓ カメラを出す間にコレですわ。
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baka to kemuri ha ・・・

高〜い〜〜!楽しそう!! と言うことで、アルプさん(独身)を
廃橋に追い立てて、私も渡ることにしました。   ゴメンね〜。
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好きな女の子をイジめる心境で、後ろで加ちゃんペみたいなくしゃみをしたり、
ツンツン突っついてセクハラしながら渡ってしまいました。   ゴメンね〜。
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でも、怖がって中々進まないからいつの間にか追い越して撮影。
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ちょっとへっぴり腰だけど、アルプ頑張ったね〜〜(涙
恨むなら意地悪なゴミムシを恨んでくださいな。   ゴメンね〜。



内輪ネタですいません。鉱山レポは再訪問した後に公開します が、
10年待て!(橋は鉱山軌道の遺構でございます。)
場所 ↓
http://www.mapion.co.jp/m/33.7844647222222_133.163125833333_7/
posted by マフラー巻き at 21:07| Comment(4) | TrackBack(0) | 旧橋

2009年07月05日

河床橋(コウトコ橋)

愛媛県、旧肱川町にある旧橋の紹介です。

迫持式という自然石の組み合わせでできた橋であり、
愛媛の近代化遺産に指定&紹介されていました。
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↑ 愛媛県資料より

構造:石造、延長:5m、幅員:2.08m、竣工:明治初期
地図(旧肱川町) ↓
http://www.mapion.co.jp/m/33.4505691666667_132.671818055556_7/

自然石を少しずつ迫り出してアーチ形を保つ工法であり、全国的でも稀有な橋とのこと。
愛媛には、河床橋と要橋(旧瀬戸町)・赤ひげ橋(旧保内町)の3橋のみ確認されています。

しっかーし!! この河床橋は、平成16年に襲来した
台風16号にて消失してしまっていたそうです。無念也…。
http://trackback.blogsys.jp/livedoor/awatennbou/848545
↑ 慌てん坊将軍さんのブログにて報告されていましたので、紹介させていただきます。

平成16年と言えば、愛媛県に台風が11連発で来た年であり、
県内に甚大な被害をもたらし、200年に一度の災害として記憶されました…。
しかし、惜しんでも惜しみきれない遺産の消失ですね。。。

紹介した3橋のうち、竣工時期が確認されているのは旧瀬戸町の要橋のみであり、
明治四年(1871年)に石立善八という人物の施工とされています。
要橋と赤ひげ橋は、まだ現存しているので見に行くならお早めに。。
http://trackback.blogsys.jp/livedoor/awatennbou/829480

慌てん坊将軍さん!(http://blog.livedoor.jp/awatennbou/)記事を拝借させて頂きました。
無断借用、申し訳ありませんでした!&情報感謝いたします!
posted by マフラー巻き at 22:06| Comment(6) | TrackBack(0) | 旧橋

2009年05月04日

中津橋

廃線隧道のしろさんが、愛媛県にある中津大橋を紹介しているのを見て、
その近くに「中津橋」というのがあったことを思い出しました。
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中津大橋とかなり近い位置にあり、どちらも国道33号沿線ではありますが、
しろさんが紹介しているのは旧県道、私が紹介するのは旧国道です。
場所
http://www.mapion.co.jp/m/33.5417719444444_133.0536625_8/
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なんの変哲もない桁橋でしたが、架設は昭和10年3月なので
国道昇格前の県道松山高知線と呼ばれていた時代の物となります。
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現道は、橋かどうかも分かりにくいほどの改良を受けていました。
旧橋から上流側には、近年造られたのであろう砂防ダムがあります。
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posted by マフラー巻き at 10:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 旧橋

2009年01月06日

上黒岩橋

平成16年にぶち壊れた上黒岩橋の画像です。
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車で走りながら携帯で撮った写真を発見しました。

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平成16年の台風で画像のように見事にボキ折れましたが、
現在は立派なコンクリPC橋に架け替えられております。
水利権の関係があるせいで、一級河川への新規架設が難しいご時世です。
あまり使い道がない橋梁でしたが、世知辛く修復してしまうのは人の性でしょう。
地図
http://www.mapion.co.jp/c/f?uc=1&grp=all&nl=33/37/02.180&el=132/57/46.184&scl=25000&bid=Mlink

この橋の向こうにある、上黒岩遺跡駐車場の自販機でスプライトを買ったら、
賞味期限が切れていたという、青春時代のほろ苦い記憶がありますww
それも1ヶ月とかじゃなく、1年前に切れたスプライトでした。
勇気を出して飲もうとしたら異臭が!・・・なのでトイレに全部捨てた。。

上黒岩岩陰遺跡
http://www.kumakogen.jp/modules/kjsection/item.php?itemid=118
ただ、遺跡は文句なしに重要文化財級でした。マジで。

旧山中家住宅(古い茅葺屋根の家)
http://www.kumakogen.jp/modules/kjsection/item.php?itemid=119
こういう旧家って、建築の仕事をしている私としては見入るものがあります。
posted by マフラー巻き at 21:50| Comment(2) | TrackBack(0) | 旧橋

2008年12月10日

谷瀬の吊り橋

四国から離れて、かなり前にアズマダさんの案内で訪問した橋を紹介。

奈良県「谷瀬の吊橋」延長297m、高さ54m!
奈良県吉野郡十津川村に架かる昭和29年竣工の橋で、
現在は無料で歩行者(観光客)に開放されています。
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架設当時は、谷瀬地区の住民がお金を出しあったそうな。
その金額なんと30万円@世帯!昭和29年ですよ・・・。
それほど熱望された生活道路なんですね。

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ゆらゆら揺れて、常識離れした高さに泣き出す人も多数!w
泣きながら頑張って渡っても、帰りにまた渡る必要があるぞ!
現在は、地元住民の自転車と郵政カブ以外は車両禁止。

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一度、この橋を原付で走ってみたい・・・。
posted by マフラー巻き at 12:34| Comment(3) | TrackBack(0) | 旧橋

2008年10月15日

的場橋(香川県三豊町)

香川県三豊町にある下路式コンクリートアーチ橋です。
愛媛で同じ形式の橋梁は、八幡浜市の明治橋だけなので
お隣の香川に行った時、偶然これを見つけて驚きました。
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完成は昭和34年1月と、決して古くはないのに
鉄骨ではなくコンクリ造なことが貴重。というか謎。
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コンクリの特徴として、圧縮に強く引っ張りに弱いことがあり、
路面とアーチ部分に引っ張り応力のかかる下路式橋梁には、
コンクリートを材料として用いることは少ないのが事実。
材料の不利を補う設計の困難さと、費用対効果で不利な為です。
(内部に鉄筋を入れまくって引っ張りに対応する等)
だったらなぜ、この場所では果敢にチャレンジされているの?
と思って観察をしてみました。これポイントです。

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答えは、アーチが下じゃなくて上にあることで
河川と路面の距離を取ることができるからでした。
増水で橋脚やアーチに遮られた水が溢れ出したり、
普段からもゴミが引っかからないという利点があります。

橋脚がいらない程度の細い河川で、水面と路面の距離が少ない
河口付近ならではの架設方法と言えるかもしれません。
事実、この的場橋も海に近い場所であり、
水面と地上面の差がほとんどありませんでした。

いやぁ、驚くような物が意外に身近にあるものですね。
でも、なんで昭和30年代になって鉄骨のトラス橋とか、
単純明快なPC橋やガーター橋にしなかったのかな?
まさか設計主任の趣味じゃないよなぁ??
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ちなみに、真横に架設された歩道橋はプレートガーターでした。
なんで材質にコンクリを使ったのかは不明。戦後で鉄材が高騰してたのかな?
posted by マフラー巻き at 10:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 旧橋

2008年09月16日

餘部鉄橋

かつて転落死亡事故で有名になった、JR山陰本線の
餘部鉄橋(トレッスル橋)が改修されてしまうらしい…。
餘部鉄橋(wikipedia)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A4%98%E9%83%A8%E9%89%84%E6%A9%8B

そうと知ったら行かねばなるまい!と使命感に燃えて
近代建築にも指定されている鉄橋を見に行った時の写真です。
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時やや遅く、既に工事のネットや足場が組まれていましたが、
橋は原型を留めていてくれました。(画像1枚目)
しかし、これらが数年内に消えてしまうと思うと感慨も一入。
無粋なコンクリ製橋梁に変わってしまうのでしょうが、
一部保存の運動があることは救いになっています。・・・多分。

そして見に行くだけに飽き足らず、鉄橋を通過する汽車に乗りました。
↓ 列車に乗って橋の上から撮影した動画をここに公開!
http://mafura-maki.jp/amarube.AVI
(13.5Mもあるから光回線以外の人は繋がないでね〜。)

私的には、橋よりも山陰本線の隧道がことごとく
煉瓦製だったことに甚く感動しました。
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坑門は4重迫石煉瓦&壁柱装備でイギリス積、
坑内の擁壁はイギリス積&アーチは長手積みという
基本的な積み方でござんした。予讃線には無い感動です。
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posted by マフラー巻き at 19:26| Comment(2) | TrackBack(0) | 旧橋

2008年08月30日

旧R56??

R56は、伊予〜内子間で中山川と併走している区間があります。

その中山川には、廃橋梁が幾つも残されているのですが、
その内の一つ、旧中山町にある「峠のたこ焼き屋」前に
気になる廃橋梁があるので写真に納めてきました。
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平成16年の台風11連発までは橋脚が立っていたのですが、
現在は見事にコケています。この廃橋の前後には
道がないように見えます・・・きっと現在のような車道化前にあった
大洲街道の道筋に架けられていた物なのでしょう。
ちなみに、初めから上路は消失しており橋脚だけでした。
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この中山川との併走区間には、他にも橋脚だけになった
橋が幾つか残されています。鉄板が掛けられていたのに、
台風で鉄板が流され、橋脚だけになってしまった廃橋や
欄干が流木にぶっ飛ばされたままになっている橋etc・・・。
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普段、何気無く走る道にもいろいろと残ってるもんですね。
いつも脇見運転(危)しながら探してしまいます。
posted by マフラー巻き at 22:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 旧橋

2008年07月23日

鉄道の橋(第二夫婦岩橋梁)

八幡浜に残る現役鉄道(JR予讃線)の橋梁。
夫婦岩の前面に建つ鉄道橋梁は四連コンクリートアーチを描いています。
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着工は昭和14年でしたが、大東亜戦争の開戦を受けて中断、
計画が二転三転したこともあり、完成は昭和20年となりました。
この橋梁は八幡浜市中心部から、標高250mの宇和盆地まで
一気に高度を稼ぐ肱川最上流部に位置しており、愛媛県下の国鉄では
最後にレールが敷設された予讃線開通記念の場所でもあります。

皮肉なことに、開戦の為に中断していた橋梁工事を促進したのは、
中断の原因となった当事者の戦争でした。
風雲急を告げる戦争末期、本土防衛の危急に晒されていた大日本帝国は、
近々行われると予想されていた、高知への米軍上陸に対抗する術を迫られます。

物量に対する術は物量以外に無し・・・そう判断した軍部により、
高松や松山にある軍を迅速に移動させる為に鉄道が必要とされ、
陸軍鉄道連隊一個小隊が人海戦術によってレールを敷設しました。

それは、既に複線で開通していた伊豫鉄道高浜線を単線に改修して
捻出させた余剰レールを持って完成させるという狂気を伴いました。
この第二夫婦岩橋梁は、その狂気を今に残す貴重な戦争遺跡でもあるのです。
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橋梁はRC構造の延長49.5m。単線を持って現在も活躍しています。
その橋脚はスカート状に拡がりを見せる力強い印象、
予讃線最急勾配に位置することも誇らしげに思えました。
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画像は、夫婦川橋梁とその橋脚下にて・・・
奥には夫婦岩を流れる双竜の滝が紅葉に映えます。
場所は、愛媛県道25号線(八幡浜宇和線)沿い。
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posted by マフラー巻き at 22:22| Comment(3) | TrackBack(0) | 旧橋

2008年07月12日

落合橋

※以前、某所に書いた旧橋紀行を転載してみました。

愛媛県伊予郡砥部町(旧広田村内)にある落合橋を紹介。
国道379号線旧道の橋であり、仙波ヶ嶽渓谷下流に架橋されており、
平成の市町村合併までココが旧広田村と旧小田町の行政界でした。
合併後の現在も砥部町と内子町の行政界となっており、
橋の袂には、旧小田町入りを示す白看板が残されています。
20-7-12-3.jpg白看板

20-7-12-0.jpg全景

20-7-12-1.jpg銘板

20-7-12-2.jpg橋の上から現国道を望む

玉谷川に架かる1スパンの方丈橋ですが、
桁の部分が赤く塗られた鋼製でした。
これは後年の補強もしくは改修工事による物だと思われます。

築造年等は手持ちの資料に記載がないので不明ということで。
でも、銘板の読みが旧仮名使いの「おちあひばし」とあるので
昭和初期(おそらく戦前)に架設されたと考えています。
posted by マフラー巻き at 13:29| Comment(1) | TrackBack(0) | 旧橋

2008年05月22日

渡れない橋

吊り橋があると嬉々として渡る性格である私が、足をかけたのに
最後まで渡れなかったという稀有な橋を紹介します。
千原鉱山という廃銅山に人知れず架かっているのですが、
あまりの貧弱さに渡ることができませんでした。  無念。。。
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高さはそうでもないはずなのですが、この写真で見ると怖いかも。
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私より無鉄砲な方は自己責任で挑戦してみてください!案内します(笑)
橋が落ちたら良くて骨折、悪くて・・・な〜んて覚悟は必要かも??
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posted by マフラー巻き at 19:52| Comment(7) | TrackBack(0) | 旧橋

2008年05月12日

別子銅山上部鉄道探索

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6月7日か14日に、ルートに詳しい方とハイキングする計画が進行中です!

登山と違ってハイキングだし、それほど疲れる場面はありませんが、
距離があるので集合が朝早くになりそうです。(午前8時位?)
それでも、詳しい方に案内していただけるせっかくのチャンスだから参加しませんか?
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煉瓦作りの橋脚を持つ木橋や江戸時代の坑口、日本初の鉱山鉄道の遺構が残されています!
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こんなチャンスは滅多にないかも?
参加できる方は返信ください!HOT-KのTNTさんや廃線隧道のしろさんも参加予定。
日本の廃道nagajisさん、山行がヨッキれんさんにも声をかけています。(まだ返事ない)
7日か14日のどちらか都合のよい日を教えて下さい。取り纏めします。
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レッツ!オブローディング!!

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2008年01月04日

宿野々橋

日本の廃道にも投稿したけど、愛媛県松山市の旧R317にある
宿野々橋を紹介します。(過去にmixi日記で書いた記事です)
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この橋は、日本土木学会が選定する土木遺産に認定されいる
上路式開腹アーチ橋(RC造)という物で、昭和5年7月竣工・1スパン・
延長25.4m・幅員4.5mで、一級河川の石手川(湧ヶ淵)に架かっています。

高欄のディティールはアールヌーボー調の洋風デザイン。
戦時中に、高欄(鉄製)部分を供出させられてしまいましたが、
現在は当時の図面より、オリジナル風に復旧されています。
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また、橋の近くに明治36年建設の「四国最初の水力発電所」こと
湯山第一発電所の痕跡(石造りの取水堰)が残されてもいます。

更に、この橋を訪れた後に「榎ヶ峠」へ行こうとしたのですが、
急な登り坂の途中でバイクの機械トラブルが発生して転倒し
地元の古峠へと探索を繋ぐことができませんでした。

古い道や、街道を巡ると思いもかけない発見がありますよ。
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posted by マフラー巻き at 19:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 旧橋