2008年07月23日

鉄道の橋(第二夫婦岩橋梁)

八幡浜に残る現役鉄道(JR予讃線)の橋梁。
夫婦岩の前面に建つ鉄道橋梁は四連コンクリートアーチを描いています。
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着工は昭和14年でしたが、大東亜戦争の開戦を受けて中断、
計画が二転三転したこともあり、完成は昭和20年となりました。
この橋梁は八幡浜市中心部から、標高250mの宇和盆地まで
一気に高度を稼ぐ肱川最上流部に位置しており、愛媛県下の国鉄では
最後にレールが敷設された予讃線開通記念の場所でもあります。

皮肉なことに、開戦の為に中断していた橋梁工事を促進したのは、
中断の原因となった当事者の戦争でした。
風雲急を告げる戦争末期、本土防衛の危急に晒されていた大日本帝国は、
近々行われると予想されていた、高知への米軍上陸に対抗する術を迫られます。

物量に対する術は物量以外に無し・・・そう判断した軍部により、
高松や松山にある軍を迅速に移動させる為に鉄道が必要とされ、
陸軍鉄道連隊一個小隊が人海戦術によってレールを敷設しました。

それは、既に複線で開通していた伊豫鉄道高浜線を単線に改修して
捻出させた余剰レールを持って完成させるという狂気を伴いました。
この第二夫婦岩橋梁は、その狂気を今に残す貴重な戦争遺跡でもあるのです。
20-7-23-0.jpg
橋梁はRC構造の延長49.5m。単線を持って現在も活躍しています。
その橋脚はスカート状に拡がりを見せる力強い印象、
予讃線最急勾配に位置することも誇らしげに思えました。
377363425_33.jpg

画像は、夫婦川橋梁とその橋脚下にて・・・
奥には夫婦岩を流れる双竜の滝が紅葉に映えます。
場所は、愛媛県道25号線(八幡浜宇和線)沿い。
377363425_60.jpg
posted by マフラー巻き at 22:22| Comment(3) | TrackBack(0) | 旧橋
この記事へのコメント
 はじめまして。南予在住のしばと申します。いつも興味深く読ませていただいています。
 仕事でたまに使うため、写真を見てすぐ、宇和から八幡浜に抜ける道だとわかりました。最初から古い感じは受けていたのですが、戦争遺跡とは驚きです。日々何気なく見ているものにも、様々な過去があるのですね。高知上陸作戦まであったとは…多大な犠牲の上に今の生活があることを再認識した次第です。
 
Posted by しば at 2008年07月30日 23:45
お返事遅れました。ご覧いただきありがとうございます。

既に海路を封じられていた日本帝国は、国内にあるもので対抗すべく、
伊予鉄高浜線を単線にしてレールを捻出したと記録されていました。
高知上陸作戦は、結果として硫黄島と沖縄の陸軍の大抵抗によって消滅しましたが、
米軍内で現実的な研究が行われ、歴史のifがあれば決行されたと言われています。。

本サイトは、隧道や鉱山に力を入れていますが、
戦争遺跡にも力を入れていく予定です。
更新ペースが遅くて申し訳ないのですが、これからもよろしくお願いします。
Posted by マフ巻 at 2008年08月12日 21:27
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